ベトナム帰還兵のケン、グレッグ、アートの3人は家族ぐるみで仲の良い親友。それぞれ結婚し、社会的成功者として絵に描いたような幸せを手に入れている。しかし、誰にも言うことのできない3人の趣味、それは人間狩りだった。ある日、弾丸と食料を買いこみ出発した3人は途中でカップルを誘拐、目的地の無人島についた。女には料理を、男には給仕をさせ、何事もないように数日を過ごす3人。しかし、ついに獲物──カップルを放ち、狩りが解禁になった日、島にはもう一人ハンターがいた──。
デヴィッド・オズボーンによる小説「The All Americans」(後に「OPEN SEASON」として出版)を、『ミニミニ大作戦』(69)等イギリスの鬼才・ピーター・コリンソン監督、『イージー★ライダー』(69)のピーター・フォンダ主演で映画化した恐怖のサスペンス・アクション。“人間狩り”という鬼畜行為に行き着いた病める大国の姿。感情を失い、容赦を失った男たちが、だが我を忘れたわけではなかったという狂気。アメリカの片田舎に潜む異常性と崩壊した倫理、完全に欠如した道徳性、人の心を喪失させる、目を覆う惨劇が展開されるその内容に、ピーター・フォンダは原案を何度も読み返し、慎重に出演を決めた。サム・ペキンパー『わらの犬』(71)とジョン・ブアマン『脱出』(72)の合体と云われ、『ソルジャー・ボーイ』(72)、『タクシードライバー』(76)、『ローリング・サンダー』(77)等のベトナム帰還兵の苦悩を描く作品群との類似性を纏いながらも、スペイン映画である本作はそのどの作品とも異なる質感を放つ。共演に『バーバレラ』(67)のジョン・フィリップ・ロー、『スケアクロウ』(73)のリチャード・リンチ、そして『セルピコ』(73)のコーネリア・シャープとアルゼンチン映画批評家協会賞を受賞している『ホラー・エクスプレス/ゾンビ特急地獄行』(72)のアルベルト・デ・メンドーサがたいへんな精神的苦痛に見舞われるカップルを演じる。またゲスト・スターでアカデミー賞受賞の名優ウィリアム・ホールデンが出演。なぜこの大スターが出演に至ったかの資料は残っていない。日本では1975年の劇場公開と以後の数回のテレビ放送以降、一切その姿を消し、世界的にも鑑賞困難だと思われていた。後年ピーター・フォンダは「あの映画は本当に楽しかった。本物の悪人を演じるのは初めてだった。あの映画がVHSで出たらいいのに。本当に好きなんだ。」と語っている。日本公開から半世紀、葬り去られた幻の陰鬱映画が遂にふたたびその姿を現すときがきた。なお、リバイバル上映の動きは他国では確認されておらず、この度のリバイバル公開は映画史上における衝撃といえる。
| 公開日 | 地 域 | 劇場名 |
|---|---|---|
| 関 東 | ||
| 1月2日 | 新宿区 | シネマート新宿 |
| 1月2日 | 厚木市 | あつぎのえいがかん kiki |
| 1月30日 | 小山市 | 小山シネマロブレ |
| 甲信越静 | ||
| 近日公開 | 長野市 | 長野千石劇場 |
| 中部・北陸 | ||
| 近日公開 | 名古屋市 | ナゴヤキネマ・ノイ |
| 近日公開 | 金沢市 | シネモンド |
| 関 西 | ||
| 1月17日 | 大阪市 | 第七藝術劇場 |
| 1月16日 | 京都市 | アップリンク京都 |
| 1月17日 | 神戸市 | cinema KOBE |
| 中国・四国 | ||
| 近日公開 | 広島市 | 横川シネマ |
| 近日公開 | 松山市 | シネマルナティック |
| 九州・沖縄 | ||
| 近日公開 | 福岡市 | KBCシネマ |
| 近日公開 | 那覇市 | 桜坂劇場 |
人を狩る行為に興奮も葛藤もなく、ただ「そういうもの」として処理されていく。
『ダーティハンター』がひたすら不快なのは、残酷だからではなく、すべてが異様にドライだからだ。
怒りもない。説教もしない。爽快さなど当然、存在しない。
人がどうやって一線を越えるのかを、冷え切った視線で置いていくだけ。
この無感情さ、タチが悪い。
偶然にも本作の基本設定は、コリンソンの劇場用長編映画第一作『密室』(67)のそれを思わせる。『密室』は、三人組のならず者に密会の場へと踏み込まれた不倫カップルが、彼らに心理的にいたぶられるうちに、その婚姻外恋愛関係のバランスを崩していく映画だ。つまり、三人の社会病質者に迫害される不倫カップルが、互いに対して抱くロマンティックな幻想をはぎ取られる物語の舞台が、ここでは密室から「狩猟解禁期」にあるひとけのない大自然へと反転させられる。そこから始まる不穏なゲームとしての狩猟と自警団的報復に、病んだ社会のメタファーを読み込むかどうかは観る者次第だ。それよりもまず、『ダーティハンター』のたたずまいをほかとは一味違うものとしている超国籍的風情、とはいえどこがどうとは具体的に指摘しがたいつかみどころなき偏奇ぶりを改めて味わってみたい。